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「パレスチナ展」レポート

執筆者の写真: Tetuya FutigamiTetuya Futigami

更新日:2月21日




駅から降りると、雪が舞っていました。

灰色の雲は丘の上にのしかかっているように見えます。その坂道を登りながら考えたのは、ここから何千キロと遠く離れた国の事でした。その国の町は徹底的に破壊され、家を失った人々は、冬の寒空をどう過ごしているのでしょうか。

その国とは、パレスチナ。これから向かう京田辺シュタイナー学校では、高等部生徒有志によりパレスチナ展が開催されているのです。


今回の記事は、京田辺シュタイナー学校で開催された「パレスチナ展」を観覧した感想と、主催の方に伺ったお話しのレポート+αです。


※なお、展示会場が学校内ということもあって、今回の取材では撮影・録音はしていません。記述に不正確な部分があれば、全て私・渕上の責任です。



■展示について




▲会場ではパレスチナ関連のグッズ販売もおこなわれ運営資金にあてられる他、直接支援にまわるカンパも行われていた。
▲会場ではパレスチナ関連のグッズ販売もおこなわれ運営資金にあてられる他、直接支援にまわるカンパも行われていた。


展示会場は東校舎にあるこじんまりとした一室です。壁の向こう、天井の向こう、少し遠くに子どもたちの気配を感じながら、鑑賞しはじめました。

まず、パレスチナ問題の第一人者とされる岡真理教授監修のパネルが並んでいますが、その前に注意書きが貼ってあるのに気づきました。

この展示は、ひとつの見解であるということの断りです。なるほど、たとえばイスラエルに住むユダヤ人といっても、その背景や立場は多様です。あくまでも今回の展示は、ある立場からの見解であるということを、あえて注意している。それは、パレスチナ問題が繊細な問題であることと、この展覧会が細やかな配慮と誠実さをもっていることを示しているようでした。


パネルの内容に目を移します。

こちらは概ね近代に入ってからイスラエルが建国されるに至るまでの流れと、パレスチナ住民に対する抑圧と抵抗の歴史がどのような紆余曲折を経て2023年以降のジェノサイドへと繋がり、どのような事が起きているのかを端的に明らかにしています。

年表などを見ていると、色んな感慨が出てきます。かつてオスロ合意の時に、何か道が開けるんじゃないかと思ったこと。あの時、感じた希望はどこへ行ってしまったのか、とても苦い気持ちになります。

子どもが石を投げてはじまった最初のインティファーダの時はイスラエル軍は子どもを殺すことに躊躇があって、現在の徹底的なジェノサイドに比べればまだしも残虐ではなかったのかもしれない。今はもう子どもを狙い撃ちにして殺している。地獄に果てはないのかと思う。


解説の起点が近代のユダヤ人とシオニスト運動、イスラエル建国から語られている事から明らかなように、この問題はパレスチナ問題というよりは、そもそもはイスラエル問題なのだということも思わずにはいられませんでした。これは、移民問題といわれるものが、実際には移民差別者問題であり、在日問題が在日差別者問題であるのと同じことです。






さて今回の展覧会は、このパネル展示だけでは終わっていません。

続くのは、高等部有志によるレポート展示です。先のパネル展示を第一部とするなら、こちらが第二部とでもいえばいいでしょうか。

高等部生徒のレポートは、パーテーションにかぶせた黒い布の上に掲示されています。一人一人のレポートは、コピー用紙1枚分から数枚分で、フォーマットがあるわけではなく、手書きもあれば印刷を利用したものもあり、多くが美しく彩色されています。視覚的に色とりどりですが、内容的にも多彩です。パレスチナの刺繍について、楽器について、レシピ付きで料理やお菓子について、イスラエル人とパレスチナ人の音楽家の対談について、ガザとイスラエルの子どもたち生育環境・教育環境について。パレスチナの詩人の詩には、絵を、それも飛び切り美しい絵を添えて。 その詩「私が死なねばならないのなら」は2023年にイスラエル軍の狙い撃ちの空爆で殺害されたリフアト・アルアライールのもの。日本のメディアでも取り上げられて、話題になった記憶があります。誰の翻訳だろうと思ったら、レポートを書いた本人のもの。繊細な手書き文字も優雅さ、絵の静謐さは、詩の気高さそのもので、書いた詩人に見せてあげたいのに、そうできないんだということに痛みを感じます。



このレポートを書いた一人一人がリサーチャーであり、キュレーターであり、表現者といえるでしょう。使われている紙、塗られている色、丁寧に書かれた字を見ても、何をテーマにするのか、何を書くのか、伝えるためどう表現するのか、真摯に取り組み、力を尽くしたであろうことがよくわかります。様々な切り口から、パレスチナというものが、イスラエルというものが、心と体に沁み込んでくるような体験をしました。 研究者や専門のキュレーターが手掛けると、なんらかの結論までもっていってしまうところを、今回は学びの途上である人たちによるある種現在進行形のレポートだったことも、はじめてパレスチナに触れる人の目線と近くて良い効果を生んでいるようにも思います。


岡真理さん監修の展示が、知識としてパレスチナ/イスラエル問題を理解させてくれるものだとしたら、心と体で感じさせてくれるものが高等部の展示だと思えます。

二つの展示が対になって大きな相乗効果が生まれています。ウトロ平和祈念館ですでにパネル展示を見たという人こそ、この展示を見れば驚くだろうなと思いました。


さて、数あるレポートの中で、もう一つ取り上げたいレポートがあります。それは、ガザで殺された子どもたちの名前を取り上げたもので、なんという名前の子どもが何人殺されたのかを記したものでした。

何千人、何万人殺された。それはただの数字で、僕らは不感症になってしまうのだけれど、名前が一つ入るだけで、数字の中にも一人一人の人生があるということを思わせてくれる。Ahmedが殺された。Omarが殺された……。

思い起こさずにいられなかったのは、1か月前にバングラデシュから来日した友人Ahmmed Shakiの作品。Shakiの舞台作品は、バングラデシュで独裁政権に虐殺された2000人以上の中から7人を選び、その名前と想いを表現したものでした。表現形態は違うけれど、このレポートとShakiの作品は同質のものです。


このレポートを作ったのが吉田環さん。今回のパレスチナ展の発起人です。

時間をとっていただき、お話しを伺うことができました。

※こちらの学校では姓ではなく、個人を表す名前の方で呼ぶ文化があるそうなので、以下「環さん」と表記することにします。



■インタビュー






環さんは、京田辺シュタイナー学校の高等部の10年生。もともとパレスチナへの関心はもっていて一昨年10月頃からは講演などを聞きに行きはじめたそうです。

「知らないと何もはじまらないと思ったんです」

ニュースで知る画面の向こうの出来事と、自分の暮らしのギャップは大きく、特に子どもたちのことが気になります。そんな中で、書店で見かけたのが一冊の本。

「家族が大学で岡真理さんの授業を受けていて、岡真理という名前は知っていたので読んでみました」

それは岡真理さんの著書「ガザとは何か」で、この一冊を読んだことは行動を起こす大きなきっかけになったそうです。



「もうひとつは、9年生の時に学校の授業の一環で、職業インタビューがあって、アラブレストランをされている方にお話しを伺いにいったんです。その時に、その方からパレスチナについても、たとえを使いながらとても分かりやすく教えてもらいました。僕がつけている腕時計を使って、この腕時計を取られてしまったら? とか。とても分かりやすかった」

そうして知識を深めていった環さんは、昨年2024年の12月にウトロ平和祈念館のパレスチナ展も見にいきました。そして展示の貸し出しをしていることを知ります。


「今回のパレスチナ展をしようと思ったのは、1月18日のことで決断したのは、きっかけがあったわけでもないんです。先生に相談したら、やったらいいと応援してくれて、やるなら仲間をつのろうと、3クラス60人に声をかけることにしたんです」

環さんの想定では、7~8人もいればパネルの組み立てを手伝ってもらえるといったものでしたが、ふたを開けてみると20人以上が手をあげてくれたのでした。

「無駄には出来ないなとおもいました。何をしてもらえるだろうかと考えて、一人一人にやってもらう、一人一人に深めてもらうことにして、自分の考えをもって欲しいと、おすすめの本を紹介した上で、自分の考えをレポートにまとめて欲しいと伝えました」

歴史についてはパネル展示で知ることができるので、それ以外の文化をリサーチしてほしいというオーダーもだしました。

一人のキュレーターが展示品をセレクトしてテーマを伝える展覧会とはまるで違って、一つのテーマをもとに沢山のキュレーターがいて混然としながらも一体となっている不思議な展覧会になっている秘密はこのあたりにあったようです。


環さんの、あのレポートはどうやって出来たのでしょうか。

「映画館のアップリンク京都でパレスチナ映画特集を見に行って、映画的なアプローチがいいと思いました。数字には表れてこない一人一人の物語を出したいと思って、レポートを書いている時に(子どもの名前のデータを)アルジャジーラでみつけました」

芸術の力というものを感じ、それを意図的に使ったというのは、驚くというよりは、納得がいきました。Shakiのアートと同質だという直感は間違っていませんでした。


そうして集まったのがあのレポートでした。

「色んな目線で、色んな分野のことが取り上げられている豊かなレポートがそろったと思います」



▲パレスチナの刺繍作品。売れては次々と補充されてくるようです。
▲パレスチナの刺繍作品。売れては次々と補充されてくるようです。



開催するにあたって、環さんたちは慎重な作業もおこなっています。ユダヤ系の人にウトロ平和祈念館の展示を見てもらって、どう思うのかも聞き、「イスラエルにも色んな立場の人がいる」ということをわかってもらうよう、あの注意書きを作りました。

まだ心が成長中の低学年の児童の目には触れないようにして、対象を8年生以上にもしました。


この展示作業を通じて、環さんたちにはある変化が起きたそうです。

「普通に生活をしていて戦争のことを話すことなんてこれまでありませんでした。でも、(パレスチナ展を通して)いつも戦争のことが会話になるようになったんです。みんなの考えを共有することで高まっていく。そういう刺激を受けました」


こうしてはじめたパレスチナ展は、開催して数日で多くの人が見に来ました。

「これをしたことを、自分はいいことをしたという風には思っていません。でも、パレスチナ展を見た人から、ありがとうと声をかけられることは多くて、自分の行動が考えるきっかけになったのは、うれしく思っています」


このパレスチナ展は、2月20日で最終日となります。しかし、環さんたちの行動はこれで終わりません。映画観賞会や音楽会を企画して、勉強会も開くという構想も生まれています。今回は展示を見るだけだったので、意見を出し合える場を作りたいのだそうです。

展示自体にも別の機会に開催してはどうかという話もあがっているとのことなので、もしそれが実現したら、今回見逃した方はぜひ観に行くべきだと思いますし、一度観た人もきっとさらに洗練された何かを観ることができるようになるのではないかと思います。



■余談あるいは本題として、帰宅後に思ったこと





前段でも触れたAhmmed shakiは俳優、演劇活動家で教師をしているのだけど、来日公演にあたって生徒から応援メッセージ動画を送ってもらった。そこですごく印象的だったのが、多くの生徒たちが「My opinion(私の意見では~)」という言葉から話をスタートさせていたことです。「私の意見ではShaki先生の授業のここがいい」「私の意見では先生は私が見た中で一番いい俳優だ」。

それと同じように、今回のパレスチナ展の高等部のレポートには「My opinion」がありました。「My opinion」があるから、このレポート、この展覧会はとても面白く感じたのだと思う。


日本文化では「My opinion」が忌避されがちです。 アートを作るにあたって一番無いと困るはずなのも「My opinion」なのだけれど、日本の「アート」現場ではまったく逆で、ディレクターの指示に完全に従う「My opinion」がない人形のような演者が求められがちです。

中身の無い空っぽさ、自分自身で動けない指示待ち人間を目の当たりにして、辟易とさせられることが本当に多い。

よく「まるで帝国だな」なんて言ったりするのですが、「まるで軍隊だな」でも同じことです。 ここで思い起こされるのが、軍隊が近代化するにあたってぶちあたった「兵士が引き金を引けなくなる問題」に対してのアンサー。あらゆる手段で兵士の心を殺して、命令通り引き金を引くマシーンに変えるというアンサー。ジェノサイドをするためのアンサー。


パレスチナ/イスラエル問題にからんで衝撃的だったことの一つは、ヨーロッパでもジェノサイド抗議を反ユダヤ主義だとみなして、抗議者が解雇されたり、警官がデモの参加者をボコボコにしたりしていたこと。ナチの反省から、反ファシズム教育を徹底しているドイツとかっていいよなーって思ってたのは結構幻想で、めちゃ表面的な教育でしかなかなったんだなとがっかりした。そして愕然とする。とてつもなく愕然とする。人間の残酷さと残念さに、どうしようもなく愕然とする。

警棒振り回している警官にも「My opinion」はあるのかもしれないけれど、軍隊式に「心を殺す教育」が上書きされたということなんだろうか。日本だと学校も企業も、日本帝国軍式が継続しているから、はなから「心を殺す教育」がされていて「再教育」の必要がないというのが違うだけなのでしょう。


単純に図式化すれば、「自分で考えるアート」と「ジェノサイドを引き起こす軍隊式」は対極にある。だとすればジェノサイドに対抗する武器はアートということにもなるかもしれない。アートというか、「自分で考える」というところがキーだとは思うんだけれど。

Shakiから「日本って、なんで伝統芸能が一般的でないの?」って聞かれたけれど、答えは簡単です。伝統芸能は骨抜きにされて、魅力を失ってしまったから。能楽も歌舞伎も本来は権力に噛みつく牙をもっていたけれど、それは丁寧に丁寧に引き抜かれてしまって、ふがふがして噛みつかれへんようになっている。伝統芸能だけじゃなくて、文化芸術全般が骨抜きになって、消費されるだけのエンターテイメントになっているから、金儲けはできるだろうけど、社会を動かす力を無くしてしまった。


最近、中国の古典「詩経」の序文である「大序」を読んだら、芸術の役割とは何かってことがしっかり書いてあって、さすが4000年の古典だと思った。

ちょっとはしょるけど、芸術は「風」を起こす。風というのは、ものを動かす力のことや。どこへ動かすのか、社会を良い方向に動かすんや。社会には上と下がある。上のもんは、社会を良い方向に動かすために芸術で風を吹かす。これを「風化」という。しかし、時に上のもんはやり方を間違える。上のもんが間違ったら、下のもんもやっぱり芸術で風を起こして、これを正さなならん。これを「風刺」という。

なるほど、それで風刺というのか、と膝をうちました。

「風化」も「風刺」もしないものを芸術と呼ぶなよ、と。うちら下のもんが、芸術を使ってジェノサイドを止めようとグサグサ刺すのは、まさに正しい芸術の活用法で、紀元前の中国人のお墨付きといえるわけです。


ぐるっと話を戻すけど、パレスチナ展の高等部のレポートでワードとしても「自分で考える」という言葉が目について、なるほどな、ええなと思いました。ただ、勝負はそこからやなって話。

まず知ること。知ることはとても大切。知って考えること。考えること、マジ大切。でも、知るだけやったら誰でもできる(※)。考えるのも考えるフリをするのは超簡単。知って、考えて、どう行動するのかが問われる。さて、どう行動するんでしょうか。

この「パレスチナ展」が面白いのは、次のチャプターだと思っています。ホップ、ステップ、ジャンプでいうと、ホップなのが今回。すごく思考の土台みたいなものが、それぞれ進捗状況は違うにせよ、出来上がったり、出来上がりつつある感じがします。匂いがする。「自分で考える」という大きな方向性があって、そこから問題意識が芽生えて、課題解決に向かっての模索が始まってるように見えました。手段が、アートなのか、アカデミズムなのか、ジャーナリズムなのか、アクティビズムなのか、それはそれぞれの持ち味なんで、なんでもいいいんだけど、どうなるのか第二章をみたいなって気がします。


うちらは、うちらで、はからずも3月にカナダ人で東欧系ユダヤ人のアーティストIra cooperを呼ぶ段取りになっています。すでにパレスチナやシオニズムについて学ぶ、めちゃ実践的なスタディケースがはじまってしまった。一方の当事者であるユダヤ系の話をきかないではいられない。

彼の冷静で誠実な「シオニストでなく、ユダヤ人であることの難しさ」という言葉を聞き、どれだけ苦しい胸のうちかと思う。

Iraは、カナダにおいては土地を奪った侵略者のルーツを持つものとして、先住民支援のアート活動を行っている。うちらは、今年一年かけて「Right to be Human」(人権)というテーマに取り組むことを決めているので、Iraとコラボレーションすることで、日本における反先住民問題、反移民問題が浮上してくることでしょう。それはパレスチナのジェノサイドと結びつかないわけがないと思う。

そこには希望を感じる。「パレスチナ展」にも希望を感じる。希望というのは、稀な望みということであり、かなり残酷な言葉だと思うのだけれど、望みがゼロではないというのはすごいことだとも思う。結晶になって、ダイヤモンドになって、そこにあるものを血みどろになっても掴みに行くのが希望ということです。


「自分で考える」とレポートに書いてあった文字が再び思い起こされる。パレスチナの犠牲者たちを数字から個に変換する作業が必要な一方で、こちらも個として「自分で考える」ところを起点にする必要がある。「帝国」は個を押しつぶし、数値化していく。それに抗うのは、個を取り戻す、個を尊重する、そんな戦い方でしょう。丁度、トランプがガザをリゾート地にといったのは、とても分かりやすい「帝国しぐさ」です。ビーチだからリゾート地。そこには故郷への思い、郷土への親しみなどなにもない。


私たちは、個でい続ける。個であることにこだわる。


自分の心で詩を愛することは戦いである。

自分の手で絵を描くことは戦いである。

自分の体で演じることは戦いである。

自分の指で何かに触れることは戦いである。

自分の頭で考えることは戦いである。

自分の瞳で故郷の海へと落ちる夕陽を見ることは戦いである。

自分の口で言葉を発すること、息をすることは戦いである。

戦いは続く。






※Shakiと知り合うきっかけになったAsian Youth Theatre Festival Movementのリーダー、Claire Devineがずっと言っている言葉「知ることならだれでもできる。知ってどう行動するかだ。あなたはどう行動する?」。まさにその通りでございます。

今気づきましたが、これってSoul Flower Unionが30年以上前に唄った「知識を得て、心を開き、自転車に乗れ」(Get the knowledge! Free your mind! Ride your cycle!)とジャストで同じ意味ですね。






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