蕾が花開こうとする刹那の緊張がある。
堺国際市民劇団の若きアーティスト荒川紗有の最終リハーサルで新作のソロ作品「FLOWERS」を観ることができました。
初演の予定は、イギリスのコルチェスターフリンジ国際演劇祭。荒川さんにとっては、初の海外ソロ公演ということもあって、開演前から独特の張りつめた空気を感じてしまいます。
「よろしくおねがいします」
簡易な舞台装置の裏側から声がかかり、一端落とされた照明。
物語がほころびいでました。
和風の音楽と共に姿を現したのは、ティーセットが載ったお盆を手にした着物姿の女性。アルカイックな微笑と共に舞台中央で急須でお茶を淹れ喫すると、客席に目を向けお茶をすすめます。笑顔の女性からお茶を給仕され、お客も一杯いただいていると、英語のアナウンスが流れます。
「これぞ日本女性の美! フジヤマ、ゲイシャ……」
着物女性の表情が曇ります。舞台装置裏に姿を消し、早着替えで現れたのは、うってかわったアメリカンコミックヒーローそのもの姿です。力こぶを見せ、厳しい表情と激しいアクション、まさに女戦士です。
こちらこそが「女らしさ」? そうなんだろうか?
ここから自己探訪の旅がはじまり、彼女の姿は七変化していきます。セクシーなダンサー、仮面のアイドル、修道女……カリカチュアされた姿で、それは擬態というよりは、アバター(化身)に近いものかもしれません。決して嘘の姿ではないけれど、あくまでも本質の一部を投影した化身のように思えます。周囲の求めに応じ、あるいは自らの欲求によって、魂の一部分から形成される仮初の姿。その姿を否定することはできないし、それを全肯定してしまうこともできない。
人が真剣に何かに打ち込む姿に私たちはつい可笑しみを感じてしまうものなのかもしれません。彼女が卓越したダンス能力で真摯に肉体表現をすればするほど滑稽さがつきまとい、同時に苦悩の炎がまとわりついてるように見えてしまいます。仮初と本質の間を漂い主体性を見出せない彼女の姿は喜劇であると同時に悲劇です。そこに多くの観客は自分自身を投影することでしょう。そう、これは個人の物語を通して、私たちの、少なくとも日本に生きる私たちの問題を描いているのです。
そして、この作品の特別なポイントは主題として扱っているのが、彼女が愛でられる対象としての花であること、ようは性の対象物として消費されることが「女らしさ」なのかと問うていることでしょう。
この問いに対して、クライマックスで強烈な二つのカウンター、パンチラインが姿を現します。
一つは、イギリスで19世紀末から20世紀初頭に登場した、婦人参政権運動をけん引した女性たち……サフラジェット。破壊行為も辞さず、時には自らの命と肉体を投げ出してまで参政権を求めたサフラジェットの姿が舞台に登場します。
もう一つ重要なフレーズとして登場するのが、日本の女性詩人、茨木のり子と与謝野晶子の詩です。茨木のり子の詩「自分の感受性くらい」、与謝野晶子の「山の動く日」で知られる詩「そぞろごと」を知って、衝撃を受けた人は少なくないでしょう。
二人の詩の一節が、サフラジェットを生んだ国で唱えられるのは、非常に意義の大きなことだと思います。クライマックスシーンで、「花」の意味が上書きされたように私は感じました。さて、海を渡った花を見て、イギリスの観客はどう感じるでしょうか?
最終リハーサルを終えた荒川さんに、初演に向けての意気込みを聞いてみました。
荒川「ずっと温めてきた作品です。これだけいろんな方に支えていただいて。やっとイギリスの舞台に立てるっていうので、皆さんの思いと自分の人生と、今までかけてきた思いを作品に載せてイギリスで6回公演頑張ってきます」
――その6回公演で一番大切にしたいことはなんでしょう。人によっては賞を取ることが目標だという方もいるでしょうが、荒川さんは?
荒川「自分がずっと日本に生まれて日本で生きてきて疑問に思った事っていうのを全部この作品に入れてるので、それを伝えたいです。賞を取りたいとかはなくて、それを表現していきたいです。このイギリスで」
――海外で初のソロ公演になりますが、どんな気持ちですか?
荒川「不安でいっぱいです(笑) 本音を言えば行きたくない(笑) でも、この5年間やってきたことの集大成だと思うので」
――不安を乗り越えてでもいく、自分の中のパワーの源ってなんですか?
荒川「舞台に立てることですかね。やっぱり舞台に立つまでというのはしんどいし、毎年のようにやめたいなと思うんですけど、でも舞台に立ったら、すごく感覚的な話なんですけれど、やめたくないなと思う。それがエネルギーになっていると思います」
▲荒川さんを舞台を共にしてきた仲間たち、堺国際市民劇団団長の木地環さん(右)と、シャンソン歌手の平松隆壱さん(左)。
荒川さんが所属する堺国際市民劇団の「やってみよう教室」については、先日記事を掲載しました。障がい、年齢、国籍、舞台経験の有無などを問わない誰にでも開かれた劇団として活動する堺国際市民劇団ですが、荒川さんの渡英公演は、いうなれば劇団の国際部門の活動ということになります。「FLOWERS」の振付は、アクションシーンに殺陣師の映見集紀さんですが、海外アーティストとの交流から修道女のシーンと最終シーンにはインドネシアのGigi art of danceに所属するNikita Dameasih Putri Sitorusが務めたとのこと。
「FLOWERS」が公演されるコルチェスターフリンジ国際演劇祭は、創設されてから4回目で、中規模の若くて勢いがありアットホームな演劇祭とのことです。ソロでは海外初公演となる荒川さんにとっては、挑戦しがいも、挑戦しやすさもある演劇祭かもしれません。
この演劇祭で、「FLOWERS」がどのように受け止められるのか、「山を動かす」のか、注目したいところです。
関連リンク
コルチェスターフリンジ国際演劇祭(https://www.colchesterfringe.com/)
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